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【広島の旅13】広島市内に残る被爆建物 袋町小学校を訪ねる

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2018年3月広島の旅、3日目いよいよ最終日となりました。 

最終日のスタートは、ホテルからほど近い小学校へ立ち寄りました。

 

 

原爆に耐えた校舎が残る市中心部の袋町小学校

広島市内には、原爆ドーム以外にも原爆を受けてなお残った当時の鉄筋コンクリートの建物のいくつかが史跡として残されています。

たまたまガイドブックを見ていて、そのうちのひとつが宿泊したホテルのすぐ近くにあることを知り立ち寄ってみました。

爆心地からたった460メートルのところにある袋町小学校です。

現在も児童たちが通う小学校ですが、原爆で焼け残った唯一の建物である西校舎の一部が平和資料館として無料で一般公開されています。

袋町小学校平和資料館入口

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9時の開館より少し早く到着しましたが、初老のボランティアガイドさんが快く受け入れてくださり、説明もしていただけるとのこと。

 

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原爆投下後、爆心地周辺の建物はほとんどは熱風で焼けてしまいましたが、鉄筋コンクリートの建物のいくつかは残りました。

昭和12年に鉄筋コンクリートで造られたこの校舎もそのうちのひとつ。当時は近代的な校舎として注目されていたそうです。

1階廊下

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鉄筋コンクリートの構造物以外は焼け落ちてしまい、戦後修復されたものです。

この建物は、原爆投下直後から被災者の救護所として利用され、被爆者たちは家族や知り合いへ消息を知らせたり、安否を確認するメッセージを、煤(すす)で真っ黒になった階段の壁にチョークで書き残しました。

しかし戦後修復された校舎の壁には漆喰が塗られ、再び校舎として使われていました。

数年後にこの「伝言板」のことを記録した写真が発見され、その存在が再び注目を集めることになります。

壁の文字は、当時の写真からその様子を再現したものです。

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壁に残された伝言の痕跡

漆喰の一部を剥がしたところ、実際に書かれた文字の跡が確認できたそうです。

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地階にも焼け残った建材などが展示されています。

地階の入口

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コンクリート製の扉

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コンクリートの中の黒い部分が木レンガ。

東京駅舎の一部にもこのような焼け残った木レンガの痕跡を見たことがあります。

煤(すす)で真っ黒になった壁の跡

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見学に訪れた子どもたちの作った千羽鶴で埋め尽くされていました。

未来を生きるこの子どもたちのためにも平和が続きますように。

 

現在の校舎は、オフィス街にある”都会”の小学校らしく、高層の建物になっています。

土地の有効利用のために、上階は一般市民も利用する公共施設となっています。

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平和記念公園より数百メートルのところにあり、ボランティアガイドさんの説明も大変丁寧でしたので、戦争遺跡を訪ねるという方にはぜひ見ていただきたいと思います。

袋町電停前の旧日本銀行も被爆建物として現存

袋町小学校から歩いてすぐ、路面電車の走る通り「袋町」停留所の前にある

旧日本銀行広島支店

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昭和11年に建造され、こちらも原爆に耐えて残った建物です。

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ギャラリーとして公開されているそうですが、時間的にタイミングが合わず内部は見学できませんでした。

この他にも広島市内には被爆建物が現存しています。

平和を知るうえでの貴重な建物、余裕があれば訪ねてみたい場所です。

被爆建物リスト - 広島市公式ホームページ|国際平和文化都市