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【大分】荒城の月の舞台にして堅城 日本100名城 岡城(前編)

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2021年秋の宮崎・大分旅行記です。

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宮崎県高千穂町から車で山道を走ること1時間半。県境を越えて大分県へ。

険しい道ではありませんが、信号でたまには止まりたいぞ、と思うくらいノンストップで進んでしまいました。道の駅みたいな楽しい施設もないし・・・疲れた。 

 

大分県南部の内陸にある竹田市に入りました。向かうのは岡城

山間にある人口2万人ほどの町ですが、100名城に向かう道路はしっかり整備され、途中には石垣風の土台に乗った謎のモニュメントがあったりとウェルカムな雰囲気です。

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ここで、混乱しがちなので整理しておきます。

この城跡は岡城といいますが、所在地は大分県竹田(たけた)市

一方、雲海で一躍有名になった竹田城は、兵庫県朝来(あさご)市にあります。

いずれも100名城です。(全然近くないので)お間違いなきよう。

 

岡城の歴史

豊後国の山間、稲葉川と大野川(白滝川)の間に1185(文治元)年に緒方氏によって築かれた山城。当時、源義経を迎え入れるために築城されたとも伝わります。

14世紀中頃に、この地域を治めていた大友氏の一族である志賀氏の居城となりますが、16世紀末頃、豊臣秀吉の朝鮮出兵で主である大友家が失脚。同時に志賀氏に代わって中川氏が城主となり、明治時代までここを居城とします。

現在残る高石垣は中川氏の時代に築かれたもので、難攻不落の堅城とされてきました。

明治以降は廃城となり、建物は壊され石垣のみが残されました。

地元出身の瀧廉太郎作曲の「荒城の月」はこの城(廃城後のようす)をモデルにして作られたといわれています。

 

岡城に到着

ほとんど予備知識もなく向かったのですが、駐車場に到着してその景色にいきなり度肝を抜かれました。

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建物の上に大きな岩山、さらにその奥に石垣が見えます。

岩山に建てられた岐阜県の苗木城を彷彿とさせます。(実際は苗木城とは違い山上の開けた場所に作られた城です)

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無料駐車場は十分な広さがあります。

右側の建物でチケットを購入。入場料はおとな300円です。

100名城スタンプもこちらでいただけます。

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真ん中にある登城手形がチケット。B5判12ページにわたるパンフレットが秀逸です。

 

城内マップと散策コース

券売所でアドバイスをいただきながら、パンフレットに掲載されていた2コースから、初心者(初めて訪れる城マニアも含む)向け本丸コースを選択。

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上記は城跡内にあった案内。

赤い三角の印がある城跡の入口となる大手門跡から、丸で囲んだエリア(画像加工しています)を目指します。

駐車場からこれらを往復して所要40分と書かれていましたが、写真を撮ったり解説読んだり(聞いたり)で、実際は1時間強になりました。

 

スマホアプリ「時空散歩ARガイド」がオススメ

岡城跡の城巡りにぜひ活用したいのがスマホアプリ。

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各スポットにある看板にスマホを近づけると案内動画が再生されます。

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岡城には建物の遺構はありませんが、アプリを利用すると当時の建物の様子がAR(拡張現実・・・実在する風景にバーチャルの風景を重ね合わせて表現したもの)で再現されます。これがなかなか良くできています。(後編でご紹介します)

アプリはAndroid/iOS用いずれも公式サイトよりダウンロード可能です。

(お出かけの際には事前に自宅などでダウンロードすることをおすすめします)

 

マップとアプリの二重装備で城跡巡りに出発です。

 

岡城跡を歩く

券売所から登城口のこちらまで約5分。

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この石碑の大きさと古さから、明治の廃城後も城跡を大切に守ってきたことがうかがえます。

かまぼこ石

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ちょっと地味な遺構ですが、大手門に向かう坂道沿いの塀に設けられた半円状の石。

城の遺構としては珍しく、防衛目的なのか、あるいは厄除けなのか、謎につつまれているそうです。

 

まだ城内に入っていませんが、立ちはだかる石垣や岩に圧倒されます。

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この付近の岩盤は、阿蘇山の噴火による火砕流でできたもの。

高千穂峡に続き、ここにも「阿蘇山噴火パワー」恐るべし・・・ 

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大手門跡

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城の防衛の最前線でもある大手門。ここには櫓(やぐら)があったそうです。

この石垣の雰囲気、なんだかヨーロッパで見たのと似た感じを受けました。

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(スペイン・トレドにて)

 

いよいよ城内へ侵入~

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大手門を入ってすぐ左に曲がったところにも、柱の遺構が多数見られます。

このあたり、西の丸方面と本丸方面への分岐だった・・・と思います。

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本丸へ向かいます。

本丸に続く道は、ほぼ直線状延びています。ここから先はほぼ平坦です。

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左に見える石垣と階段は家老屋敷の入口。

家老屋敷跡

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歩道からは南東方面の景色が広がります。

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自然の地形を活かした要害であることがよくわかります。

 

ここからいよいよ城の中心へ。

太鼓櫓跡

三の丸の入口となる櫓があった場所。

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高度な石積み技術が必要とされる切込接(きりこみはぎ)の石垣です。

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作られた時代だけではなく、城の権威を表す石垣。

その変化を楽しみながら歩くのもありです(かなりマニアックですけど・・・)

 

そして、岡城の100名城スタンプの絵柄にもなっているシンボル的風景がこちら

三の丸跡から見る高石垣

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北に面するこの高石垣に、この城が難攻不落といわれることに納得。

 

ここからさらに南西方向を見ると、くじゅう連山、阿蘇山といった九州の山々の絶景が広がります。

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ただしこの周辺、柵などが整備されているわけではありませんので、アプリや景色に熱中して踏み外さないように・・・くれぐれも自己責任でお願いします。

ARアプリの解説用装置はこんな感じで設置されています。

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2022.1.21に発生した日向灘を震源とする地震において、三の丸南側の石垣の一部が崩れる被害が確認されているとのことです。

通常通り見学はできるそうですが、足元には十分ご注意ください。

okajou.jp

 

この後、いよいよ二の丸から本丸へと進みます。