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【北海道】帯広で中島みゆきさんゆかりの地を訪ねてみた

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2022年6月の北海道の旅。

今年の北海道の旅で帯広に行き先を決めた最大の理由は、中島みゆきさんのふるさとを訪ねることでした。

中島みゆきさんと帯広

日本を代表するミュージシャンです。1975年「アザミ嬢のララバイ」でデビュー以来、いまなお時代を超えた素晴らしい曲を生み出しています。

中島みゆきさんのお生まれは札幌ですが、お医者さまだったお父さまのお仕事の関係でご家族とともに道内を移り住み、中高校生時代を帯広市で過ごしています。また、お父さまはこの地で産婦人科医院を開業していました。

多感な青春時代、普通に考えれば音楽そして曲作りに目覚めたのがこの頃であり、この帯広の土地であったと私は信じています。

ただ、みゆきさんのデビュー直後にお父さまが他界され、その後、みゆきさんはお母さまやお兄さまたちと東京で生活しているため、当時の医院や住居跡などの情報はほぼありません。

それでもみゆきさんの痕跡をちょっとだけ感じられるスポットが帯廣神社周辺にあると知って足を運んでみました。

私はかれこれみゆきさんのファン歴40年近くになります。みゆきさんの曲に目覚めたのも、みゆきさんがこの帯広で生活されていたのと同様の多感なお年頃です。

www.momoyorozu.net

 

帯廣神社・十勝護国神社の鳥居から国道38号に沿って歩いてすぐの場所です。

出身高校「帯広柏葉高等学校」

中島みゆきさんの出身高校です。

柏の葉と書いて”はくよう”と読みます。

(この後、道内を旅していると”柏”の文字の地名をちょくちょく見かけ、旅の最後まで”柏”がずっと旅のテーマになりました・・・)

ご自身曰く”根暗な学生時代”だったそうですが、ひたすら詞や曲を書き溜めていた時代だったのだと思います。そんな中、高校3年の時に文化祭でステージに立ち自作の曲を披露したことで注目を集めたそうです。

この校舎は当時のものではないとは思うのですが・・・

ここで何か吹っ切れたのか大学時代(札幌市の藤女子大)以降は”コンテスト荒らし”の異名をとり、アマチュア活動を本格化させていきます。

卒業後は再び帯広に戻り、ご実家の医院でお手伝いをしながらアマチュア活動。

そしてデビューのきっかけとなったのが静岡県掛川市のつま恋で開催されたヤマハポピューラーソングコンテスト。その後はご存じの通りのご活躍です。

 

休日でしたので(部活の学生が少しいらっしゃったようですが)正門付近で建物全体の写真を撮らせていただきました。

なお、同校卒業者には、ポップス界の歌姫 吉田美和さん(DREAMS COME TURE)やTBSアナウンサーの安住紳一郎さんがいらっしゃいます。政界や財界にもご活躍されている方が多く、まさに十勝のエリート校なのでしょうね。

 

祖父が寄贈した公園「中島公園」

帯廣神社の国道38号線を渡った向かいにあります。

この公園は中島みゆきさんの祖父・中島武市(ぶいち)氏が寄贈した公園で「中島」の名がつけられています。帯広市では市議会議長も務め、市政に貢献された方だそうです。

公園の石碑の反対側にあった説明書き

大きな銅像があるのでもしや・・・と近づいてみましたが、どうやらこれは武市さんではありません。

この銅像は、帯広市の開拓に関わった開拓の祖である依田勉三(よだ べんぞう)氏です。

ご出身は静岡県松崎町。なまこ壁のある風景が印象的な西伊豆の町です。

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「晩成社」は、マルセイバターサンドの包装紙のデザインのモチーフにもなっています。

わが郷土出身の開拓者の功績を後世に広めようと、みゆきさんのおじいさまが銅像を建立してくださったのです。これは静岡県民として大変嬉しいです。

公園自体は銅像があるくらいのこじんまりした緑地となっています。

なお、札幌市には大きな中島公園がありますが、あちらはまったく無関係ですのでお間違いなきよう(苦笑)

 

この他にもみゆきさんゆかりの地があるか確認するべく、帯広駅内にある「とかち観光情報センター」に行きましたが、残念ながら新しい情報は得られませんでした。

依田勉三氏関連の地を訪ねるマップの中に、みゆきさんの名前がちょっとだけ出ています。

 

そもそもみゆきさんは、プライベートや過去のことをあまり語る方ではありません。

ゆかりの地や聖地といわれるスポットが多くないことも想定内のことではありました。

北海道出身ということは歌詞の中にも感じられることは多いのですが、帯広に限らず、すべてがヴェールに包まれているのがみゆきさんらしさともいえるのですが。

 

ここからは勝手な憶測と地元自慢ですのでさらりと流していただけたらと思います。

みゆきさんの真の聖地は静岡県かも?

みゆきさんの生まれ故郷以外で縁が深い地を考えてみると、それはズバリ!静岡県なのでは・・・と思っています。

デビューのきっかけは、掛川市のつま恋で開催されたポプコンでの受賞です。

(1975年5月「傷ついた翼」で入賞。同年10月「時代」でグランプリを受賞)

その当時のことは残念ながら私も知りませんが、この地をみゆきさんは再訪しています。

2006年に開催された「吉田拓郎&かぐや姫 コンサンートinつま恋」です。

スペシャルゲストとして登場したみゆきさん。私はこの同じ空間でこの熱気を共有しました。

伝説といわれるコンサート(こちらも1975年にこの地でオールナイトで開催されました)の再来をちょっと体験してみたいと思い、チケットを購入して参戦しました。

もしかしたらお忍びでみゆきさんがこのライブを見に来るのでは?・・・とかすかな期待もしていたのですが、まさかステージ歌ってくれるとは想定をはるかに超えました。

みゆきさんが拓郎さんに提供した「永遠の嘘をついてくれ」をデュエットした時は鳥肌ものでした。

デビュー前からみゆきさんがあこがれていたという拓郎さんですが、この時は、みゆきさんが女神のように暖かく拓郎さんを見守る姿に胸が熱くなりました。

歌以外にはひとことも発することがなく、颯爽とステージを去ったみゆきさんですが、デビューのきっかけとなったこの地をどんな思いで訪ねてくださったのでしょう。

 

また、みゆきさんはデビューのきっかけとなったヤマハに対して恩を忘れず、これだけの長い活動期間の間、移籍もせずにヤマハに所属しておられます。

アルバムのクレジットの末尾には、みゆきさんの能力を発掘してくれた当時のヤマハ社長であった故 川上源一氏の名前が今なお記載されています。

川上氏のお別れの会では浜松に足を運び、その会場で「時代」を歌ったというのは地元ではちょっと知られた話なのです。

 

今回、帯広を訪ねてみて、みゆきさんの祖父が尊敬してやまなかった帯広開拓の祖である 依田勉三氏が静岡県出身ということも新たな気づきでした。

そうです。中島家の原点は静岡県!

静岡県人との関わりで新しい道を開拓し、成功したのです。

旅ブログということを忘れて、ついつい熱くなってしまいましたm(__)m

そして、こちらも聖地と思う場所ですが・・・(何気に行ってるな、私!?)

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熱くなったついでに・・・

今後のみゆきさんのアーティスト活動が気になります。

2020年に「ラストツアー」と題して全国ツアーが開催されましたが、一部会場は開催したものの新型コロナ感染拡大で中止。私もスケジュールを見ながらチケット取得に向け作戦途中でしたのでショックでした。

ご本人は「全国をまわるツアーがラストであって、活動をやめるとは言っていない」とコメントを発表されていましたが、あれからすでに3年。

つい先日、みゆきさんのあこがれでもあった吉田拓郎さんがテレビ出演を最後とし、年内で活動を休止すると発表されています。

世の中のフォークソングやバンドブームをけん引し、70代となったミュージシャンたちが連鎖しなければいいのにと願うばかりです。

 

北海道の旅行記、この後、帯広から富良野・美瑛とまだまだ続きますのでよろしくお願いします。