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【大阪関西万博旅行記・3日目】堺で世界遺産と徳川家康関連史跡を巡る

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大阪関西万博2泊3日の旅行記です。

遠方組は、万博と組み合わせてUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)や海遊館に行くのが定番のようですが…

若いころ大阪は仕事関係含めよく行っていたこともあり、今回はなかなか行く機会のないエリア 堺へ。

堺市は大阪市の南に位置する政令指定都市。

豊臣秀吉が築いた「大坂」の町より歴史は古く、商人の町として、また職人の町としても栄えた町です。

もっとさかのぼれば、世界文化遺産にも指定された「仁徳天皇陵」もあります。

 

アパホテル&リゾート 大阪なんば駅前タワー

連泊のこの日は、40階のレストランでゆっくり朝食をいただきました。

テラスに出て写真を撮ることもできました。(40階には屋上プールもあるようです)

万博期間中の大阪にしては、かなり良心的な価格で宿泊できました。

 

ちなみに難波は、ホテルはもちろん、町のどこを歩いても外国人比率高すぎ。

むしろ万博会場のほうが(スタッフさんを除けば)日本人比率が高いです。

 

JR難波から約30分。途中乗り換え1回で三国ヶ丘へ

万博アクセスに比べたらこのJR路線は人も少なくて平和。

どうやら仁徳天皇陵への観光拠点は次の「百舌鳥」(←これで「もず」と読みます)

しかし、外は猛暑。古墳の周囲を歩くなんて狂気の沙汰です。

 

そこで向かったのが堺市役所の展望室。

南海電鉄 堺東駅前にある市役所21階の展望室は、観光客も自由に出入りできます。

 

堺市役所展望フロアから仁徳天皇陵を眺める

知ってはいたけれど、やっぱりこれくらいしか見えません。

ひとことで言うと・・・ただの森(;^_^A

しかし、仁徳天皇陵以外にも小さな森(古墳)が複数あります。

その数なんと44基もあるそうで、とてもこの高さからでは確認できません。

 

そんな要望に応えて、2025年10月から気球に乗って陵墓を眺められるツアーが開始するとのこと。

せっかくなら万博期間中のタイミングでスタートしてほしかったよ~

osaka-sakai-balloon.com

 

個人的にはこちらの景色(西側)のほうが感動です('◇')ゞ

淡路島も明石海峡大橋の主塔もくっくり見えましたよ~

残念ながら大屋根リングは(ボランティアガイドさんに方向は教えていただいたのですが)、よくわかりませんでした。

大屋根リングといえば、仁徳天皇陵がほぼ同じサイズというのもびっくり。

みゃくみゃくとコラボしたシュールなキャラクター「ハニワ部長」!

万博のみゃくみゃくは今でこそ大人気キャラになりましたが、奈良の「せんとくん」といい、この「ハニワ部長」といい関西のキャラクターって攻めすぎっ。

 

世界遺産はこれにておしまい。

駅前観光案内所で情報収集し、アクセスに便利な乗り放題チケット「堺おもてなしチケット」を600円で購入して、史跡巡りにGo

www.sakai-tcb.or.jp

 

ラッピングバスと路面電車(阪堺線)の非日常感が好き♡

 

家康推しの私にとって、堺はいろいろと気になる町でした。

「家康の墓がある」とか「伊賀越えの出発地点」であることも・・・

 

徳川家康の墓があると伝わる「南宗寺」

南宗寺(なんしゅうじ)は、臨済宗の禅寺。

多くの重要文化財の建物が残る境内。

戦国武将の三好長慶が父の菩提を弔うために建立したお寺です。

 

拝観料は400円。(別途 書置きの御朱印もいただきました)

常駐しているボランティアガイドさんとともに、30分ほどのガイドツアーです。

屋外の墓碑などを見て歩きましたが、エリア内は写真撮影禁止です。

その中には、いちばん見たかった「伝 徳川家康の墓」がありました。

徳川家康は大坂夏の陣の翌年、1616年に駿府城で生涯を閉じたというのが定説ですが、大坂夏の陣で後藤又兵衛に刺されて亡くなった説があるそうです。

その際、仮埋葬されたのがこの南宗寺ということです。

唐門の外側からのようす

三つ葉葵の紋がついた瓦が張り巡らされている土塀

 

家康推しからすれば「豊臣サイドの創作」として眉唾ものでしたが、この寺を二代将軍・秀忠と三代将軍・家光が訪れている記録があることや、その墓碑建立に賛同した名前を見て思わず信じてしまいそうに・・・(苦笑)

1967年に「徳川家康墓」と記された墓碑を建立したのは水戸徳川家の家老の末裔である三木啓次郎氏。。側面には、なんと「松下幸之助」の名が刻まれていました。

関西の地で、二股ソケットを開発し駆け出しの頃にスポンサーになったのが三木啓次郎氏。

松下電器(現 パナソニック)がテレビ時代劇「水戸黄門」のスポンサーになったのもこのふたりの関係からとのこと。

面白い歴史のつながりが確認できましたが、家康の墓はどうでしょうね??

個人的には、家康が久能山か日光のどちらに埋葬されているかの真実が知りたいです。

 

再び路面電車に乗って、堺市ゆかりの文化人のミュージアムへ

 

文化人ゆかりのミュージアム「さかい利晶の杜」

茶人である千休と作家 与謝野子の名前から名付けられたミュージアム。

1階の一部は無料エリアとなっています。ショップもあります。

せっかくなので、有料エリアも見学。

入館料はおとな300円(堺おもてなしチケットやイオンカードで割引あり)

ミュージアム内からすぐ隣にある千利休の屋敷跡も見えます。

堺は堀に囲まれた「環濠都市」として発展しました。

商人たちが力を持ち、大名たちから支配されない町づくりを実現しました。

この堀を埋めて、完全に支配しようとしたのが豊臣秀吉。

それは関ヶ原の後に、徳川家康によって”ブーメラン”になって大坂城の堀が埋められてしまいました。

大坂の陣の後に、この堺を再興したのが徳川幕府でした。

堺の人々は私が思っている以上に、”家康派”なのがうれしかったです(/・ω・)/

 

千利休の茶室の展示

施設内には茶室もあり、茶の湯体験ができるそうです。

 

こちらは与謝野晶子の展示コーナー

私が訪れたときは、与謝野晶子が夫婦でパリへ滞在した当時の企画展が開催されていました。

文学的なことは詳しくないのですが、この時代の女性としては情熱的であり、先鋭的な方というのがよくわかりました。

 

利晶の杜の隣のスタバで軽く休憩をして、再び路面電車へ。

 

信長や家康とゆかりの深い堺の”迎賓館”「妙国寺」

堺観光のラストは家康にゆかりのあるもうひとつのお寺へ。

皇室の勅願所としてもの歴史を持つ格式高い日蓮宗の寺院。

築地塀の線の数がその証だそうです。

戦火などで焼失を重ね、現在の建物は1973年に再建されたものです。

こちらもボランティアガイドさんが案内をしてくださる形での拝観。

主に史料室と方丈(屋内からの)庭園の見学となります。

拝観料は400円。

ガイドさんは、お話をしていたら三河出身の方ということがわかり、”ほぼ同郷”としてとても親切にしていただきました(遠江と三河は方言がかなり似ています)

こちらは幕末の「堺事件」でも有名とのこと。

土佐藩士の墓もこの向かいにあります。

しかしそっちに興味はない(そもそも薩長土佐は幕府の敵なので)ので・・・

 

妙国寺は、「堺の迎賓館」として高貴な人が宿泊するお寺でもありました。

興味深く聞けたのは織田信長の「夜泣きの蘇鉄(ソテツ)」の伝説。

境内にある蘇鉄に一目ぼれした信長は安土に運ばせ植栽したものの、蘇鉄が「堺に帰りたい」と毎晩泣くので「切ってしまえ」と命じたところ、切り口からは真っ赤な鮮血が吹き出しのたうちまわったそう。

気味が悪いので堺に返したのち、住職の手によって再生されたということです。

写真撮影はできませんでしたが、枯山水庭園には樹齢1000年以上、国の天然記念物に指定されている蘇鉄をはじめ、その子孫の蘇鉄たちが多く生育していました。

 

一方、家康の話としては、1582年に信長に招待されてやってきた際にこの寺に宿泊していたそうです。

堺観光をしたのちに京都に向かう途中、本能寺の変の知らせを受け、限られた人数の側近たちと「決死の伊賀越え」となります。

その際、ここが出発地点になったともいわれています。

僧侶や堺の豪商たちの協力もあり、無事に岡崎に帰還できたというわけです。

家康が詠んだ歌碑も残されています。

 

家康の三大危機(三河一向一揆、三方ヶ原の戦い、伊賀越え)のひとつがここに確認でき、完全制覇しました!

www.momoyorozu.net

www.momoyorozu.net

 

まとめ

万博で体力を消耗した翌日の観光。

市内の交通アクセスも良いので、暑さも避けながらゆったり観光できました。

”大阪方面”に関しては、あまり徳川に良い印象を持っていないと思っていましたが、堺の人たちは意外にも豊臣秀吉よりも徳川家康派でした。

まあ、当時は湿地だらけの不毛の地だった現大阪城周辺を開発し、今に続く大阪市の発展の基礎を築いたということも、堺の人たちにとっては複雑なのかもしれません。

行く先々にボランティアガイドさんが常駐していて、丁寧に質問にも答えていただきました。

観光案内所の方も大変親切にめぐり方などを説明してくださり感謝です。

インバウンドであふれる大阪市と違って、堺市は正直観光客は少ないです。

その分、インバウンドの少ない町をゆっくり巡りたいという方には超おすすめです。

次回はぜひ気球に乗って古墳を眺めてみたいと思うのでした。