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【2026三陸の旅】東日本大震災から15年 復興した町と震災遺構へ【2日目】

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2026年4月の宮城県三陸の2泊3日の旅行記です。

2日目は、この旅のいちばんの目的でもある気仙沼市東部にある唐桑半島を巡りました。約40年ぶりの再訪です。

 

www.momoyorozu.net

 

語り部バスツアー

宿泊した気仙沼プラザホテルの宿泊プラン(要 事前予約)で震災遺構を訪ねるツアーに参加しました。

参加者は私含めて2名。ホテルの若いスタッフさんが運転手兼ガイドでした。

気仙沼市復興祈念公園

震災から10年後に整備された公園で、港を一望できる高台にあります。

慰霊塔(祈りの帆(セイル))やモニュメントが設置されています。

気仙沼市では約1000人が犠牲となり、今なお200人以上が行方不明となっています。

火災で甚大な被害を受けた鹿折(ししおり)地区の復興の様子も確認できました。

厳しい環境を乗り越えてきた方の災害に対する思いは大変参考になりました。

 

阿部長商店創業者宅「命のらせん階段」

宿泊したホテルの親会社 阿部長商店の創業者宅の旧宅兼事務所。

昭和の津波を教訓に創業者が建物外にらせん階段を設置。

普段から避難訓練を行っていたこともあり、東日本大震災では30名ほどの地域の人々がこの建物に避難して救われたそうです。

別の場所にあった建物は曳家によってこちらに移設されています。

弘前城天守のお引越しで知られる「我妻組」の仕事というのも興味深かったです。

www.momoyorozu.net

 

唐桑半島

宮城県の北東端にある典型的なリアス式海岸の半島で、三陸復興国立公園の一部となっています。

この地を訪ねるのは40年ぶり。父と人生最初で最後の父子旅で訪れて以来です。

唐桑とのご縁は、近所に住んでいた唐桑出身の方を介してご実家と交流がありました。

毎年のようにみかんを贈り、三陸の海産物が届くという交流が30年近く続いていました。

遠洋マグロ漁で生計を立てるお宅で、家長であるおじさん!?とは面識がないのですが、おばさんとは電話などでやりとりし、うちでは「東北(唐桑)のおばさん」と呼んでいました。(父より30歳くらい上の方でした)

奇しくも唐桑のおばさんも父も東日本大震災の直前に他界しています。

現在は交流も途絶えてしまったので、40年前の足跡を訪ねながら唐桑のおばさんへの追悼と感謝の意を込めて半島を縦走しました。

 

巨釜(おがま)

三陸沿岸道路の唐桑インターから約20分ほど。

駐車場から遊歩道を5分ほど下っていくと唐桑半島を象徴するこの絶景。

ここはまさに40年ぶりの再訪です。

ひときわそびえる「折れ石」は高さ16メートル。

明治の三陸津波でその先端が2メートルほど折れてしまって名付けられたそうです。

 

唐桑半島ビジターセンター

40年前に訪ねた時、唐桑のおばさんが「ビジターセンター」のことを教えてくれました。

当時開館したばかりの施設だったようで、(写真がないので)実際に行ったのか記憶があいまいなのですが「津波に関する展示施設」ということは強く記憶に残っています。

「この地域は何度も津波に襲われている」「各所に津波が来た高さ記した石碑がある」ことなども教えてくれました。

景勝地ではなく、「津波」のことをしきりに話していたことが驚きでした。

今になってみると、特に1960年のチリ地震による大津波を経験した方たちは「後世に語り継がなければならない」という強い使命感を持っていたのだと思います。

この世代の方たちが少なくなってきた時に起こったのが東日本大震災だったのです。

 

ビジターセンターは数年前に全面リニューアルされて、津波体験展示は終了。

それにかわって、唐桑の自然や伝統、そしてキャンプやトレイルなどに来る人向けの施設に生まれ変わっていました。

そしてもうひとつこの地で気になっていたこちらも”回収”できました。

唐桑のおばさんのお宅はこんな感じの屋根瓦を備えた「御殿」でした。

半島内を走っていると今も黒やオレンジ色の重厚な瓦屋根の御殿が見られます。

1年のうちほとんど自宅に不在の漁師さんたちは、留守を守る家族に寂しい思いをさせないように、また帰宅したときにくつろげるように競って御殿を建てたようです。

当時の御殿内をイメージしたイラストが秀逸でした。

しかし、時代の流れで今では唐桑から遠洋に出ている人はわずかだそうです。

 

ビジターセンターのスタッフさんとの会話から「超オススメのグッズがあります!」と勧められたのがこちら

「唐桑御殿」をモチーフにしたTシャツと、大漁旗デザインのティッシュケース。

長年の唐桑への感謝をこれで回収(恩返し)できた気がします。

 

そして、最高のお天気(気温は20℃くらい)なので、周辺をちょっと散策。

御崎(おさき)神社

1000年以上の歴史を持つ神社で、大漁祈願や縁結びにご縁があるそうです。

神職の方は常駐しておらず、書置きの御朱印代は料金箱に納めてきました。

 

宮城オルレ(気仙沼・唐桑コース)をちょっと歩く

オルレとはトレッキングコースのことで、震災後宮城県内7か所に「宮城オルレ」として整備されました。

次の予定があるので、御崎神社の駐車場をスタート地点に20分ほどでサクッと。

岬の先端までは行かれませんが、リアス式海岸の美しい風景が見られます。

松が青々としていることが新鮮(わが地元では海岸沿いの松が悉く枯れています)

 

すっかり唐桑でゆっくりしすぎました。でも大満足です。

一路、三陸沿岸道を南下して松島へ。

遊覧船乗り場付近はインバンウンドの方が圧倒的に多い印象。

すでに午後3時近くで松島遊覧は断念。ここからは歴女の旅へ。

 

瑞巌寺

伊達政宗の菩提寺。

9世紀初頭にその前身が創建され、関ヶ原の戦いの後に仙台藩主となった伊達政宗が仙台城とあわせて造営に力を注いだ寺院です。

 

前回、震災後に訪ねたときは大規模改修中でしたので拝観せず・・・

(2012.7撮影)堂宇の手前の杉並木には、津波到達点の表示もありました。

松島の地形がこの沿岸を津波被害から守ったそうです。

 

建物内は撮影禁止ですが、本丸御殿を思わせる豪華な襖絵などが再現されています。

仙台城は石垣が残るのみで建物はありませんが、瑞巌寺が伊達家の栄華を伝えています。

ここでも満開の桜に出会えました。

奇岩の地形を利用した建物や洞窟のようなものもあります。

2日目の観光を終え仙台市内へ

 

ホテルグランバッハ仙台

この日の宿泊は仙台駅東口からほど近いこちらのホテル。

上層階にフロントがあるタイプのちょっぴりラグジュアリーなホテル

クラシック音楽は得意分野ではありませんが、音楽というコンセプトに惹かれました。

 

ロビーラウンジではピアノ生演奏を聴きながらフリードリンク&ちょっひりスイーツが楽しめます。

インテリアやアメニティも充実。

テレビチャンネルからバッハの音楽も選択できます。

さらに、大浴場&夜食サービス付きで快適な過ごすことができました。

 

ずっと海鮮ばかり続いたので、今宵は名物のアレ

ホテルのスタッフさんからの情報で、仙台市内にしか店舗がないご当地ならではのお店。

牛タン焼き専門店 司

分厚いのに驚くほどやわらかいお肉です。

カウンターに案内されたので、すぐ奥でお肉を焼いていて煙にまみれでしたが(笑)、もっとお肉追加してもよかったかなぁと後悔しています。

 

仙台駅

東北最大の都市らしくにぎわう仙台駅。

マイルが尽きるまでは、遠回りしても飛行機を使ってきますけど、私(笑)

ふらりと様子見で立ち寄った駅構内のおみやげ売り場がヤバイ。

東北全域のおみやげを網羅しているので、いったいどこに行ってきたんだという買い物っぷり(爆) 

ということで、2日目は終了です。