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【山梨】武田信玄の菩提寺 「恵林寺」を月命日に参拝

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2021年12月に武田信玄の菩提寺である恵林寺(山梨県甲州市)を訪ねました。

徳川家康のお膝元だった国に住む私は、甲斐国の武田家はいわば敵。三河・遠江地域でさんざん暴れまわってくれた憎き信玄ですが、遠征途中に病で生涯を閉じます。

徳川家康はその後、戦国最強といわれた武田の遺臣たちを配下にしていきます。

家康は生涯武田信玄をリスペクトしていたともいわれ、武田信玄あっての家康の人生。

しかし信玄が長生きしていたら、徳川幕府もなかったかもしれませんけど・・・

そんなわけで、家康が尊敬する武田信玄の菩提寺を一度訪ねてみたいと思い立ちました。

恵林寺について

寺 概略

【名 称】乾徳山(けんとくさん)恵林寺(えりんじ)

【ご本尊】釈迦如来

【創建年】1330年

【開 基】夢窓疎石

【文化財】四脚門、庭園 他

【所在地】山梨県甲州市

 

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鎌倉時代の元徳2年(1330年)に、甲斐国の守護職 二階堂貞藤によって、夢窓疎石を招き開山したのがはじまりです。

臨済宗妙心寺派の禅寺で、甲斐国の信仰の中心になりましたが応仁の乱で荒廃。その後、武田信玄により再興されます。

信玄は快川(かいせん)国師を招き、恵林寺を自身の廟所と定めました。

しかし信玄亡き後、武田氏は滅亡。その際に、織田信長に焼き討ちされ寺は焼失しますが、再び徳川家康によって再建されます。

現在の建造物は、一部江戸時代のものが現存しますが、多くは明治時代の火災による焼失後に造営されたものとなっています。

 

有料エリアを参拝

境内は無料で出入りできますが、方丈などの一部堂宇の見学が有料となっています。

庫裡(拝観受付)

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こちらの建物で入館料を納め(チケットは自動券売機で購入)中へ進みます。

建物にきらめく武田菱といい武田信玄の旗印「風林火山」の書といい、私にとってはアウェイ感満載(笑)

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令和3~4年にかけては、武田信玄の生誕500年(450回忌)という節目の年となっています。

玄関にあるマスク地蔵の穏やかな顔つきにに癒されす~

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上がって正面の立派なお部屋です。

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方丈庭園と方丈

この日は本堂内で行事があるとのことで立ち入りを断られ、方丈正面の廊下からまわることになりました。

方丈前庭(枯山水庭園)

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信玄が再興した当時の建物ではないのが残念ですが、立派な彫刻に信玄の威厳を感じます。

 

方丈の左手にまわるとアーチ式の橋が見えてきます。

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うぐいす廊下と明王殿

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橋の先、うぐいす廊下を歩いた先に明王殿があります(内部は撮影禁止)

奥に見える建物が明王殿

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外部からの侵入者を防ぐ目的で造られた古来の建築様式です。

うぐいす張りを歩くなんてン十年ぶり。私が”成長”したせいか、しっかりと床が鳴る音を堪能できました(悲)

明王殿では、武田信玄が仏師を招き直接自身と対面させて彫らせたといわれる武田不動尊が見られるのですが・・・

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なんと!修復のためお留守です。

小さく「お戻りは不明です」と書き添えられていました(苦笑) 2021年12月現在の情報

いったいどんな状態になっているのでしょう。

 

方丈(本堂)のご本尊には対面できないし、不動明王もお留守でがっかり・・・なのですが、実はこの日は信玄の月命日である12日。

武田信玄の命日は1573年4月12日・・・「三方ヶ原の戦」からわずか3ヶ月弱なのです。

遺言により亡くなったことを3年間秘して、3年後にこの恵林寺で盛大に葬儀が執り行われたといわれています。

恵林寺では月命日の毎月12日に武田信玄の墓所が公開されます。

武田信玄公墓所は、境内のいちばん奥にありました。

大木(杉だったと思います)に見守られる場所にひっそりと石塔がありました。

想像していたよりこじんまりしているという印象でした。

 

柳沢吉保夫妻の墓所

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方丈へ戻る途中に廊下越しに見えます。

甲府藩の藩主でしたが、徳川綱吉の側近として活躍したことで知られています。

 

恵林寺庭園(国指定名勝)

方丈裏手にある庭園で、恵林寺を開山した夢窓疎石によって造られました。

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上段に枯山水、下段に心字池を配する池泉式庭園なのですが、12月なのでちょっと色どりがさびしいです。

逆に建物好きには撮影しやすい季節なのですけど。

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ひととおり本堂や庭園を巡った後は、広い境内を散策します。

いったんお寺の正面玄関である黒門まで行き、まっすぐに進んでみました。

黒門

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恵林寺の総門にあたる門。

 

四脚門(重要文化財)

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徳川家康による再建で17世紀前半に建てられたもの。

 

三門

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織田信長の焼き討ちを受けた際に、快川国師はじめ、配下の人々100名以上がここで壮絶な結末を迎えました。

快川国師が唱えたという句が掲げられています。

 安禅不必須山水(安禅は必ずしも山水をもちいず)

 滅却心頭火自涼(心頭を滅却すれば 火も自ずから涼し) 

焼き討ちがあったのが1582年4月3日。

織田信長が明智光秀に討たれたのが同年6月2日のことです。

 

開山堂

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開山した夢窓国師、中興の快川国師ら3つの像が安置されています。

黒門からここまで一直線に立派な建物が並んでいて見ごたえがあります。

 

三重塔と鐘楼

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三重塔や開山堂を通り過ぎ、左奥に進んで行くと明王殿の門の前まで行くことができます。

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先ほど回廊から向かった武田信玄の墓所がこの奥にあります。

やはりこの辺りが厳かで、パワースポット的な雰囲気がただよっています。

久能山や日光東照宮の奥宮(神廟がある場所)を彷彿とさせます。

やはり戦国武将最強といわれる武田信玄 タダモノではありませんでした。

 

恵林寺の御朱印とグッズなど

御朱印は庫裡を入った窓口でいただくことができます。

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通常のものに加え、月命日の御朱印、生誕500年記念の御朱印、マスク地蔵の御朱印などもありましたが、初参拝ですのでまず基本の御朱印をいただきました。

なお、2021年12月の時点では書置きのみとなっていました。

武田信玄にまつわるグッズなどもたくさんそろっています。

私は”家康推し”なので基本買いませんが・・・悔しいけど「風林火山」カッコいいなと思います。

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恵林寺の駐車場とアクセス

山門の前に20台ほどの駐車スペースもありますが、私が訪れた日は月命日でもあり満車でした。

案内にそって進むと境内奥に広い駐車場がありました。(周囲はぶどう畑?)

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拝観受付がある庫裡に近く便利です。駐車場は無料です。

 

甲府市の中心部からは約20km。国道140号経由で30分ほどです。

高速道路の最寄りは中央自動車道一宮御坂インターです。

中部横断道が全線開通して、静岡県からのアクセスも便利になりました。

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このルート、富士山がほとんど見えないというのが残念ポイント・・・

なので帰りは本栖湖~朝霧ルートで帰宅しました。

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まとめ

私にとっては今まで良い印象ではなかった武田信玄ですが、歴史を勉強(というほどでもありませんがマンガや小説いろいろ読んでます)すると、”信玄やっぱりすごいわ”というのが率直な感想です。

ぶどう狩りもさくらんぼ狩りも、ワイナリー巡りにも何度も足を運びましたが、改めて武田信玄の治めた”甲斐の国”としての歴史的魅力を発見することができました。

今度は庭園の色づきがきれいな季節に甲州市を訪れたいと思います。