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【山梨】武田信玄建立「甲斐善光寺」

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2021年12月に訪ねた山梨の旅の記録です。

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武田信玄ゆかりの「恵林寺」に続いて、翌日はこちらも訪ねました。

 

甲斐善光寺について

善光寺といえば信州長野ですが、山梨にもあるんです!

甲斐善光寺あるいは甲府善光寺、甲州善光寺などと称されます。

(ややこしいので信濃の善光寺を「善光寺」、山梨の善光寺を「甲斐善光寺」と表記します)

寺 概略

【名 称】定額山浄智院善光寺

【ご本尊】善光寺如来(秘仏)

【創建年】1558年

【開 基】武田信玄

【文化財】阿弥陀三尊像、本堂、山門 他

【所在地】山梨県甲府市

甲斐善光寺が創建されたのは、武田信玄が上杉謙信と戦った川中島の合戦の直前。

戦により善光寺が焼失することを恐れた武田信玄が、ご本尊をなどを”避難”させるために自分の領地に善光寺を造ってしまったというわけです。

武田信玄が善光寺の御本尊を1558年に遷座させた後、武田氏が滅びると御本尊は織田、豊臣、徳川といった時の権力者のもとを転々とします。

(家康の浜松城時代には、浜松に御本尊が安置されていた時期もあったようです)

その後1598年に無事にもとの善光寺に戻されたそうです。

戦国最強といわれながら神仏を恐れる武田信玄にものすごく人間味を感じます。このような心が織田信長にもあったら・・・と思わずにいられません。

 

御本尊について

善光寺の御本尊は、古くから絶対秘仏として(寺院の関係者ですら)お姿を見られないことで知られています。

ちょうどこの記事をアップする2022年4月、善光寺では7年に一度の御開帳がはじまりました(新型コロナの影響で1年遅れです)

御開帳といっても、善光寺で公開されるのは御本尊の身代わりである前立本尊(まえだちほんぞん)といわれる仏様です。

武田信玄が甲斐善光寺を創建し、善光寺から御本尊を迎えたときも、前立本尊が御本尊を守っていました。この時の前立本尊が現在の甲斐善光寺の御本尊(1195年に造られた阿弥陀三尊像)です。

なお、善光寺の御開帳にあわせ、こちらの甲斐善光寺ではこの御本尊が公開されます。

 

前置きが長くなりましたが、(御開帳があることを知らず)絶妙にタイミングを外した参拝(T_T)

その代わりといってはなんですが、参拝者が少なく、お戒壇巡りも含めゆっくりと善光寺参りを堪能しました。

 

甲斐善光寺の境内

駐車場からすぐに大きな赤い建物(山門)が見えてきます。圧巻です。

甲斐善光寺の建物は、東日本最大級といわれる木造建築です。

駐車場から金堂(本堂)にいたるまでは段差もほぼなく一直線です。

 

山門(重要文化財)

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高さは15メートル、幅17メートル。比べる人もいないほどひっそりです。

 

仁王像

山門の両脇ににらみをきかせた仁王像が構えています。これもド迫力。

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金網ではないので柱の隙間から除きましたが、怖っっっ。


ド迫力といえば、この前日に甲府駅でお目にかかった武田信玄の銅像も圧巻でした。

夜のライトアップが怖さ迫力を倍増させていました~

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徳川家康も本当に武田信玄が怖かったんだろうなぁ。よく戦ったよ、ホント。

 

手水舎

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鐘楼

梵鐘は武田信玄が善光寺から御本尊を奪ってきた遷した時に、一緒に持ってきたものです。14世紀前半に造られたもので、現在の善光寺にある鐘の”先代”となります。

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150kgもある重い鐘を運ぶ際についた傷がたくさんあり「ひきずりの鐘」と呼ばれています。

武田家と徳川家が共存する金堂(本堂)

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山門も迫力ありましたが、その先に現れた金堂のド迫力といったら・・・大仏さまが安置されていてもおかしくない規模。

高さ27メートル、奥行き49メートルというスケールは、東日本最大級、国内でも十指に入る木造建造物で、撞木造りという善光寺建築特有の様式です。

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山門、金堂いずれも武田信玄が創建した当時のものは失火により焼失し、現在の建物は18世紀末に再建されたものです。

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あ~、武田の寺だよな~としみじみ眺めていたのですが、あれ?

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お賽銭箱に徳川の三つ葉葵。テンション上がります~

お堂の中にも三つ葉葵と武田菱が並んでいたり・・・さらには撮影してきた後で写真を拡大してみたところ

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写真左上に武田、右下に三つ葉葵があしらわれています。

甲斐善光寺は、江戸時代には浄土宗甲州触頭(宗派ごとの地域の取りまとめ役)を担い、徳川家位牌所にもなっていた歴史があるようです。

徳川家位牌所といえばこちらもぜひ

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恵林寺の再建といい、家康の武田信玄に対するリスペクトはホンモノみたいです。

それに加え徳川家康の神仏崇拝の心は、人質時代に培われたものだと思います。

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金堂正面の階段を登って振り向くと冠雪した富士山が頭を出していました。

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みどころ満載の金堂内を参拝

拝観料はおとな500円。金堂入って右手で拝観料を納めてお堂の中へ。

当然この時は秘仏の御本尊は見られませんでしたが、御開帳の今(2022年4~6月)なら見られます。

そして(案内は貼り紙程度ですが)金堂内で珍しい体験ができます。

日本一の鳴き龍

金堂中陣の天井に描かれた大きな2頭の龍。

その下(吊り天井になっている)で手をたたくと多重反響現象により不思議な音に包まれます。

今まで拝観した寺院では説明する僧侶やガイドさんが実演してくださいましたが、ここは自由に体験できます。気が済むまで数回試すことができました(笑)

 

御戒壇(かいだん)巡り

御戒壇巡り(または胎内巡り)は、御本尊の真下にある御錠前(ごじょうまえ)に触れることで、御本尊とつながり、来世極楽行きが約束されるといわれています。

御本尊の裏手にまわると、ご戒壇巡りの入口があります。

階段を数段下ると真っ暗闇です。本当に一筋の光もないという状況になります。

この状況で御錠前にたどりつくひとつの”修行”。壁伝いに摺り足でゆっくり歩きました。一説には「心」という字をかたどったルートになっているそうです。

無事に御錠前に触れたときはホッとしました。

この時はスタート時に入れ違いに出てくる方とすれ違っただけ。なので真っ暗に加えてほぼ無音状態(自分の動くかすかな音のみ)。御本尊様を独占して修行の場を与えていただけたってことですね。

と同時に、今もかなりの近眼ですが、それでも視力があるということのありがたさを実感しました。目は大切にしなくてはいけません。

 

御朱印

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金堂の中にある拝観受付と同じ場所でいただけます。

コロナ感染対策により書置きの寺社が多くなっていますが、こちらでは直接御朱印帳に書いていただけました。

そしていただいたリーフレットは思いっきり三つ葉葵で飾られていました(笑)

 

駐車場とアクセス

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山門のすぐ横に30台ほどの無料駐車スペースがあります。

甲府市の中心から車で10分ほどの場所にあります。

 

まとめ

境内は広くありませんが、巨大な建造物に圧倒されます。

拝観の所要時間は30分ほど。私の場合は人が少ないのをいいことにゆっくりじっくり拝観できました。

金堂横には宝物館もあります。こちらも見学するとプラス20~30分ほどかと思います。

なお、記事の内容はいわゆる超オフシーズン(コロナ禍で冬の平日昼頃)のようすです。

連休やコロナ回復後、さらには御開帳の期間中は駐車場や御朱印、御戒壇巡りなどのルールが変わると予想されますので、ご注意ください。

 

www.kai-zenkoji.or.jp