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【どうする家康】(岡崎)家康再起の拠点 松平家菩提寺「大樹寺」

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「どうする家康」の中で、主君 今川義元を失った徳川家康(松平元康)が弱気になって自刃しようとした大樹寺が登場しました。

実際に先祖代々の墓所や徳川家将軍たちの位牌を祀るお堂を拝観したようすをご紹介します。

 

※記事内の写真は2015年と2017年に訪ねたときのものです。

松平家の菩提寺 大樹寺

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愛知県岡崎市にある浄土宗のお寺で、正式には成道山松安院 大樹寺(だいじゅじ)。

徳川家康の先祖である 松平家四代当主の親忠(ちかただ)が16世紀中頃に創建。

松平家の菩提寺となっています。(徳川家康は松平家の当主としては9代目になります)

 

桶狭間直後の松平元康と大樹寺

桶狭間で今川義元が討たれた後、松平元康(のちの徳川家康)は、味方である今川軍が駿河に敗走したため大高城で孤立。織田軍と松平一門たちから狙われながらも大樹寺に逃げ込みます。まさに崖っぷちの状況でここにたどりつきました。

大樹寺に入った元康は、絶望感から先祖の墓の前で自刃しようとします。

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そんな元康に救いの手を差し伸べたのが住職の登誉上人でした

登誉上人が元康を説得したことばがこちら。

厭離穢土 欣求浄土
(おんりえど ごんぐじょうど)

苦悩(戦乱)の多い穢れた(けがれた)この世を厭い離れ、心から欣んで(よろこんで)平和な極楽浄土を願う という意味です。

※「どうする家康」では榊原康政に説得されていたシーンです。

その後、徳川家康となってからも生涯ずっとこの言葉を旗印に掲げ、戦乱のない時代を築きました。

 

徳川家康の遺言と大樹寺

家康の残した遺言にも、この大樹寺は登場しています。

「遺体は駿府の久能山に埋葬し、葬儀は江戸増上寺で行い、

 位牌は三河の大樹寺に建て

  一周忌を過ぎたら日光に小さなほこらを建てて鎮守として祀ること」

(正確な文章ではありませんが、だいたいこんな意味になっています)

 

ご先祖さまを大切にする家康の配慮が感じられる素晴らしい遺言です。

これらの遺言は二代・秀忠、三代・家光によって実現されました。

さらに、おじいちゃん大好き♡な家光は、日光東照宮をはじめとして家康にかかわりのある寺社をさらに豪華に造営することに力を注いだのです。

長い前置きでしたが、さっそく境内へ。

 

大樹寺の建造物

大樹寺は徳川家康の十七回忌にあわせ1638(寛永15)年から4年かけ、大改造が行われました。

本堂、山門、総門を一直線に配置する形に伽藍を整備し、50以上の建物が造られたたそうですが、幕末の火災で本堂など多くの建物を焼失しました。

当時から残るものは総門、山門、鐘楼、多宝塔などで、国の重要文化財も含まれます。

 

山門

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境内で圧倒的な存在感を誇る建造物。徳川家光の時代に建造された山門です。

徳川幕府の権威を世に知らしめるだけの貫禄がありますね。

 

総門

小さい門ですが、400年にわたって受け継がれる伝統が門の先にあります。

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総門越し、正面に岡崎城が見えます。

これはビスタラインと呼ばれ、江戸時代からずっと守られているこの景色。

岡崎城までの距離は約3kmあります。

この粋な計らいの立役者はもちろん家光です。

その後、400年近くこの景観を維持していることは素晴らしいのですが、電線がちょっとね・・・(中部電力さんにもう少し頑張っていただきたい)

 

総門は大樹寺小学校の敷地内にあるので近くまで行かれませんが、山門前(小学校正門前)からでも肉眼でこの風景を確認することができます。望遠レンズ付きのカメラ(スマホ)があれば、さらに良いかと。

余談ですが、大樹寺小学校の児童たちが家康の遺訓「人の一生は重荷負いて・・・」を唱和しているのをテレビで見ました。カッコイイ~

 

山門と総門だけでも十分満足してしまいそうですが、本堂へ向かいましょう。

本堂

上は7月、下は3月の本堂付近のようす

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本堂は再建されたものとなります。

屋根には三つ葉葵の瓦がぎっしり(@_@) 

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岡崎周辺は三州瓦と呼ばれる国内屈指の瓦の産地です。

さらに岡崎は良質の石(岡崎石)の産地でもあり、近年こんな家康像も完成。

 

本堂正面から中へ上がることができます。(本堂内の拝観は無料)

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ご本尊は、阿弥陀如来、如意輪観世音菩薩。

祭壇の両脇には、金色に輝く「厭離穢土 欣求浄土」が掲げられています。

 

本堂内を奥に進むと有料エリアとなる宝物殿があります。

宝物殿の拝観料はおとな400円です(2022.12現在)

宝物殿(位牌堂)

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家康の遺言である位牌が祀られている建物です。

14代家茂までの将軍の等身大の位牌が並ぶようすは圧巻です。(15代・慶喜だけ位牌がない理由は・・・現地にてご確認ください)

徳川家康は159cm(ほぼ私と同じ身長です)当時の平均からすると男性でも160cmあれば大きいほうなんですね。

有料ですが解説書が用意されていました。将軍の紹介など読み応えのある資料でした。

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※上記の資料は2015年7月にいただいたものです

有料エリアにある収蔵庫では冷泉為恭(れいぜいためちか)作の襖絵(重要文化財)も見ることができました。

 

本堂と宝物殿を拝観した後は再び外へ。境内の西側に向かいます。

多宝塔(重要文化財)

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大樹寺に現存するもっとも古い建造物で、国の重要文化財となっています。

徳川家康の祖父にあたる七代・松平清康が天文4(1535)年に建てたものです。

一層は方形、二層は円形という造りになっていて、小ぶりながらも落ち着いていて品を感じます。

 

周辺は檀家さんの墓地になっているのですが、その中を北へ進みます。

元康が自刃しようとして止められたという先祖のお墓がこの先にあります。

松平八代墓(松平家墓地)

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手前が初代。奥に行くほど新しくなります。真ん中の少し大きいのが大樹寺を創建した四代・親忠の墓。(ドラマのセットの参考になっている風景と思われます)

そしていちばん奥。

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どのご先祖さまより圧倒的に大きいのが家康の墓です。

といっても家康は神様(東照権現)だし、日光と久能山に墓があるのに???

正確には、これは地元の有志の方によって建てられた石碑とのこと。建立の経緯や趣旨などが細かく案内板に記されていました。三河人の心意気が感じられます。

徳川宗家や東照宮などとは調和がとれているようですので安心してお詣りください。

私が訪れた当時は、このあたりに足を運ぶ人観光客はいなかったのですが、ドラマのワンシーンになったことで多くの人が訪れることが予想されます。周辺は一般の檀家さんの墓地であることも十分に考慮しましょう。

 

鐘楼

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江戸時代に造られ現存している鐘楼です。

境内東側にあり、駐車場に隣接しています。

 

徳川家康にゆかりの深い大樹寺には、建物だけでなく美術工芸品も含め多くの文化財があります。

宝物殿を拝観し、境内もじっくり巡ると1時間弱くらいです。

大樹寺の御朱印

大樹寺御朱印 厭離穢土欣求浄土

大樹寺御朱印

「厭離穢土 欣求浄土」の文字と三つ葉葵の朱印入りです。

宝物殿の拝観料を支払うところでいただけます。

 

大樹寺の駐車場について

境内東側(鐘楼付近)に20台ほどの無料駐車場があります。

松平から徳川家の歴史がぎゅっと詰まって眺望も素晴らしい大樹寺。

岡崎城(大河ドラマ館)からは車で10分ほどの距離にありますので、ぜひ足を運んでみてください。 

 

※拝観料や時間、その他制限など最新情報をご確認の上お出かけください 

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