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【どうする家康】長篠設楽原の戦い「家康本陣跡」「信長本陣跡」を訪ねてみた

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長篠設楽原の史跡めぐり。

時間が限られている場合は、長篠城&設楽原歴史資料館、馬防柵というコースが王道。

もう少し余裕があれば、陣跡や武田の武将たちの墓などへの立ち寄りもおすすめです。

今回は徳川家康と織田信長の本陣跡のようすをご紹介します。

www.momoyorozu.net

 

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設楽原「徳川家康陣跡」

徳川家康が陣を構えたのは設楽原の決戦の地からほど近い八剱(やつるぎ)。

馬防柵がつくられた弾正山の南端にあたります。

徳川家康本陣跡の場所

馬防柵のある場所からは1km弱。歩くと15分ほど。車なら2~3分です。

ただし駐車場はありません。

このような看板の横には、石碑と神社があるのみ。

家康の本陣跡は八釼神社

関ヶ原(開戦時の桃配山、最後の陣の二か所)や朝鮮出兵の際の名護屋城のような「ここに家康が構えていたんだ~」と妄想できるような雰囲気はほとんどありません。

大河ドラマ紀行で紹介されていた「家康物見塚」はここから少し奥にあるそうですが、そこに登ればもう少し気分が違ったかもですが・・・

 

ですが、この陣跡の隣にある中学校を見ると・・・

外周が馬防柵仕様でした~

渋いわ~ というわけで所要は写真を撮るだけで2~3分。

GWで学校がお休みだったので正門の横にちょっと停車・・・というわけでした。

 

家康本陣はちょっと期待外れという感じではありましたが、決戦の地からの位置関係や距離感は感じられたので納得。

そしてこの後は信長本陣へ。

設楽原「織田信長陣跡」

家康から落城寸前の長篠城への援軍を求められた信長は、3万人(徳川軍は8千人)の兵を率いてこの設楽原に到着します。

信長は当初は決戦の地の西側の極楽寺に陣を構えましたが、その後、その北側にある標高のある茶臼山に陣を移します。(スキー場のある茶臼山高原とは別ものです)

織田信長本陣跡の場所

馬防柵の北西にあたります。

この信長本陣跡へのアクセス方法が全国的にもレアなのです。

長篠設楽原パーキングエリア(下り)から行ける本陣跡

2015年に開通した新東名高速道路の長篠設楽原パーキングエリア(下り)からアクセスできます。

このパーキングエリアのネーミングに、開通当初から戦国好きはザワつきました。

 

信長本陣跡に行ってみた

駐車場から史跡入口までは徒歩1~2分。

自販機の奥に見える小高い丘が信長本陣跡です。

その途中にこんな合戦の詳細を記した看板と自動音声で解説が流れています。

建物のすぐ横には展望台も用意されていますが、やっぱり本陣跡へ。

 

上の写真は2023年5月。下は開通直後の2016年のようす。

7年の歳月の流れを感じますね。

 

ここから先は3年前に訪ねた時の記録になります。

歌碑の文字は読み取れませんが、信長は指示を出して、自身はここで優雅に歌を詠んでいたようです。

決戦地を臨むのに程良い標高と距離があります。

最前線に近い場所に本陣を構えた家康とは大違い。援軍という立場もありますが、それを抜きにしても格差は大きかったのだと・・・

山頂には小さな祠と古い鳥居がありました。

神社は茶臼山稲荷社。

長篠設楽原パーキングエリアができる前は、別ルートから細い山道を登りこの鳥居をくぐって到着というルートだったようです。

なお、現在ここから臨めるのは高速道路側のみ。

 

決戦の地は南東になります。

先出の展望台からは見た設楽原のパノラマ

左上の木がこんもりと茂ったあたりではないかと・・・(不確定情報)

少し低くなりますが、ぷらっとパークの駐車場から

 

ところで、最近家康の陣跡を巡り歩いている私はふと気づきました。

家康はこの後も小牧長久手、関ヶ原、そして人生最後の決戦である大坂の陣と戦を勝ち進んでいきます。なので家康の陣跡は各地にあります。

一方の信長はこの7年後に亡くなります。ここまでにも多くの戦をしてきたはずですが、信長本陣跡というのはほとんどありません。

若かりし頃の桶狭間も今川義元の陣跡の史跡はありますが、信長のものはありません。

ググってみてもほぼこの設楽原のみでした。(姉川の「陣杭の柳」がヒットするくらい!?)

 

先日、秀吉の朝鮮出兵の拠点となった名護屋城に行ったときも、陣跡の地図が「戦国オールスター感」が半端ないものでしたが、ここに信長と信玄がいたら・・・と思ったりしたものでした。

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そもそもこの二人がいたら朝鮮出兵なんて考えたのかどうか、それ以前に家康が消滅しちゃってますけどね(苦笑)

そう考えると、この信長本陣跡は、数々の新しい戦法で勝ち進んできた天才武将と称えられた信長の絶頂期を知る貴重な陣跡かと思います。

 

ここまで計算して新東名を設計したとは思えないのですが、今となればネクスコ中日本さんの技術と商魂に脱帽です。

工事中には、こんな状況での現場を見学するツアーにも参加させていただきました。

(2014.3撮影 鳳来トンネル東側区間にて)

 

織田信長本陣跡へのアクセスは2通り

新東名下り線のパーキング(名古屋方面行き)

織田信長本陣跡へは新東名高速の下り線を走っていけばたどりつけます。

愛知県に入って新城(しんしろ)インターを過ぎたらあと少しです。

先日、知人とこの話をしていたら「おみやげ売り場も小さいし、そんなの(信長の陣跡らしきは)なかったけど・・・」と言われました。

上り線のパーキングだったようで、武田軍仕様になっています。

 

織田徳川連合軍は下り線ですのでお間違いなきよう。しつこいですけど、「下り」です。(くどいっ)

ついでに東名高速と新東名高速もお間違いなきよう・・・

(最近は少ないと思いますが、開通当初は間違える人が多かったとサービスエリアに勤務していた知人がぼやいていました)

 

「ぷらっとパーク」で一般道からも利用可能

長篠設楽原パーキングエリアは一般道から利用できるよう駐車場が用意されています。

高速道路を利用しないで長篠設楽原を巡る場合にも利用できますのでぜひ。

静岡県在住の私は通常ルートで長篠設楽原パーキングに行こうとすると、新東名で岡崎まで行って折り返すという大変なムダづかいになってしまいます。

長篠設楽原パーキングは、スマートインターはありません。

なのでいつもこのぷらっとパークから利用しています。

 

ナビの設定時の注意点

長篠設楽原パーキングエリアで検索すると「新東名に乗れ」と言われますので、「ぷらっとパーク長篠設楽原 下り」 で検索しましょう。

下は馬防柵(設楽原決戦の地)からのルートの一例です。約3kmほどです。

 

その場合、もうひとつ注意点があります。

長篠パーキングエリアは上下線ともに高速道路南側に並列で配置されています。

途中に分岐の案内はありますが、上りと下りを間違えないようご注意ください。

これに関しては、ここも岡崎サービスエリアのように上下集約にすればよかったのに・・・と思ったりします。ネクスコ中日本さん惜しいっっ

 

まとめ

今回は、家康と信長の陣跡のみ訪ねてみました。

この他にも、武田勝頼の陣跡もありますが行ってません。

だって武田は怖いんだもん(爆) 気持ちは家康どのと同じです、私。

そして、秀吉の陣も新東名の反対側(北斜面)にはあるようですが、ちょっとアクセスが厳しそう。どっちにしても、秀吉は嫌いだから行きませんけどね(;´Д`)

 

長篠設楽原周辺はみどころも多いエリアですが、飲食やおみやげとなると、パーキングエリアや道の駅に集約されています。

後日、近くの道の駅情報などもまとめたいと思います。