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【今しか見られない!世紀の大工事】天守がお引越し中の弘前城(後編)

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2021年7月の函館~青森旅行記です。

100年に一度の石垣修復工事に伴い、天守がお引越し中の弘前城。

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いよいよ本丸です。前編に続き、後編もちょっと長めの記事でございますm(__)m

弘前城本丸(有料エリア)のようす

右手に古木 御滝桜の大木を見ながら進むと、ちらり、ちらりと天守が木々の葉の間から見え隠れします。

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石垣を右手に進みます。

 

展望デッキ

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お引越し中の天守を一望するために造られた「今だけ」のデッキです。

今までたくさんのお城を見てきましたが、こういうシチュエーションのお城はもちろんはじめてです。 

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晴れていれば、天守の背景に岩木山がのぞめるはずだったのですが・・・雲隠れ。

ところで、いつの頃からか著名な史跡などでは工事中を隠すのではなく、あえて見せることで工事期間中もしっかり営業(見方を変えれば来客に楽しんでもらおうというサービス精神にあふれています)が定着していますね。

ワールドワイドでいえばスペインのサグラダファミリアが先駆け。

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国内では姫路城や名古屋城(本丸御殿復元)がダイナミックでした。

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展望デッキからの眺めもいいのですが、地上目線の方が面白いかも!?

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どんなふうに鎮座しているのか気になりますよね~

近くに寄ってみてわかることもあるのです。

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コンクリートだと思いますが、ちゃんと石垣の模様がついているとは芸が細かい!

養生シートならぬ、”養生石垣”です。

ここまで見てきたのは、本来下乗橋から見えるのと同じ角度(東南の面)。

 

それでは正面(西側)にまわってみましょう。

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東南の面に比べると、いささか地味なデザインといいますか、かなり年季入ってます。

そして正面にまわると「案外小さいね」という声が聞こえてくるのが弘前城なんです。

しかし歴史的背景を知ると、これでも頑張って作ったな・・・と称賛したくなるのです。

ちょっと長くなりますが・・・

弘前藩は2代信枚の時代(1611年)に5層の天守が築かれたにもかかわらず、わずか15年ほどで落雷で焼失。(鯱に落雷し、火が地下の火薬庫にまで回り大爆発が起こったとも記録されています・・・当時は天守は住居ではなく武器庫や軍事基地という役割でした)

その後は、徳川幕府の規制(武家諸法度により)新しい天守建造はもとより、改築ですら幕府の裁可が降りなければできない時代。そんな中、幕末近くに蝦夷地(現在の北海道)警護の功労が認められて石高がアップしたのに伴い、”天守櫓”の移築という名目で、約200年ぶりに造られたのがこの建物です。あからさまな”天守”造営には幕府の許可が出ない中での苦肉の策といったところです。

こちらは2009年に撮影したものですが、正面から見ると石垣の高さもあまり違いがないのです。

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またまた脱線しますけど・・・

先の地震で大きな被害を受けながらも復活した熊本城にある櫓は、その辺の小ぶりな天守規模。こんなのが城内にいくつもありました。

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(2014.11撮影)唯一江戸時代のものが現存している宇土櫓です。

石垣側から見るのと入口側ではずいぶんと建物の大きさの感じ方が変わります。(といってもでかい!)ちなみに奥にあるのが大天守と小天守ですから~

 

加藤清正はこんな”勝負する気満々”な立派な城を造っちゃうから、家康による”毒殺”説なんか囁かれちゃうんです(←あくまでも”説”ですから誤解なきよう)

そんな熊本城とは違い、弘前城はなんとか天守を後世に残したいという津軽家の執念切実な願いが叶っての可愛らしい天守なのです。

ちなみに津軽家は徳川家とのつながりを積極的に強めていた外様大名です。それについては、別記事でご紹介する予定です。

 

天守内部のようす

本来の場所からお引越し中の天守ですが、内部の見学が可能です。

曳屋で移動させる関係で、天守内はいろいろと補強材が入っていますが、正真正銘現存天守。重要文化財です。

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現存天守お約束の急階段もあります!

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3階からの眺めですが、岩木山 惜しいっっっっ

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1階では曳屋など世紀の大工事の様子を映像で見たり、工具などを展示しています。

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若い棟梁の指揮のもと、市民も繰り出して曳屋が行われる様子が、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で放映されたのを見て感動し、ここまで来てしまったひとりです、ハイ。

時が「プロジェクトX」を放映中なら、中島みゆき様の歌にのって感動シーンが繰り広げられたはず・・・

 

なお、今後は天守も修復をするため内部に立ち入りできない期間があるとのこと。

お出かけの際には工事状況をご確認ください。

 

これも今だけ! 天守を支える”いかすみ石”

天守のすぐ横に展示されている巨石がなんとも面白い形。

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これ、いかすみ石って言うんです。

石垣の最上部で天守を支えていたのがこの隅石(すみいし)。四隅に配置されていたそうです。長さは3メートル近くあります。

いかの形の隅石だから”いかすみ”ともとれますし、石の真ん中あたりの模様が(白いけれど)イカ墨が吹き付けられたようにも見えますね。

これも石垣が元に戻されるまでの期間限定の展示です。

 

石垣普請番屋

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無料エリアにも工事の様子を見る舞台が設けられていましたが、こちらは有料エリア内での見学小屋となっています。

工事現場の北側からの工事の様子が見られます。

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お~、巨石も並んでいますね~

建物内には工具の展示や石垣のしくみ、工事の記録写真なども展示されています。

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多くの方が天守エリアを見て、再び下乗橋を引き返していきますが(私も前回はそうでした)、今回はさらに北へ進んでみました。

 

鷹丘橋を渡って北の郭方面へ

鷹丘(たかおか)橋

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睡蓮が見ごろでした。

北の郭(くるわ)と本丸をつなぐ、内濠にかかる橋です。

北の郭からは櫓跡や籾蔵跡が発掘されています。現在はたくさんの桜の木と芝生広場が広がる緑ゆたかな公園。

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このあたりが籾蔵のあった場所。

写真右に見える建物は、明治時代に建てられた演武舞「武徳殿」で、カフェや売店が入った休憩施設になっています。

春の桜だけではなく、秋も楽しめそうですね。

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北の郭をぐるりと歩いた後は、有料エリアを出て公園東側を歩きます。二の丸から三の丸にかけてのエリアです。

丑寅櫓

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弘前城内に現存する”櫓(やぐら)三兄弟”のうちのひとつです。本丸の北東にあります。

ここは下乗橋の北側。再び内堀沿いに石垣修復工事の様子が見える場所です。

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近ければ、毎月でも変化する様子を見に通いたいと思いました。

 

与力番所

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与力(上級武士に仕えた家臣)が見張りのために警護した詰所。江戸時代からの建物を移築復元したもの。

東内門

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こちらは5つ現存するうちの門のひとつ。三の丸から中濠を渡って二の丸へ入る門です。

城内は内濠、中濠、外濠の多くが現存しており、水も入っているので自然豊か。

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水堀が維持されているおかげでこういう絶景が楽しめるのですね。

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写真ACより)

次は絶対に桜の季節に!(函館の五稜郭とセットで・・・)

東門

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またまた同じような形の門ですが・・・ 外濠(城下)から城内 三の丸へ入る門です。

バスなどを利用した場合、こちらの門から城内へアクセスすることになります。

 

東門を出ると、文化センターの前にひときわ大きな銅像が。

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弘前藩初代藩主 津軽為信(ためのぶ)です。

南部氏に支配されていた津軽地方を独立に導いたいわばこの地域のヒーローですね。

弘前城の”〆め”にご当地ヒーローにお目にかかり光栄でございました(*^^*)

 

まとめ

弘前城、広いです!!

工事現場をどっぷり見学し、歴史ある建造物をゆっくり見てまわって2時間でした。

もちろん江戸城や大阪城、名古屋城の全域と比べたらあくまでも地方の藩という規模ですが、都市化の波に流されることなく良い状態で残されていることに敬意を表したいです。

東日本では唯一、江戸時代の天守が現存する貴重なお城なのです。

石垣修復工事及び天守の曳屋などを含めこの先4~5年はかかるそうです。

他のお城では見られない特別な現場を、多くの人にぜひ見ていただきたいと思います。

 

www.hirosakipark.jp